大規模言語モデルに、<逆説>を使って物語を語らせてみます。
関連
- ◯
- 大規模言語モデルに物語を語らせる[その#2] 〜 異化(宇宙人の視点):ChatGPT, GPT-4
概要
大規模言語モデルは、とくになにもしなければ、凡庸な内容しか出力しません。[※1]
いっぽうヒトが物語で感銘を受けるのは、凡庸さのなかの非凡さにあったりしますーーそれでは言語モデルに、そのような非凡な内容を出力させることはできるでしょうか?
ここでは大規模言語モデルに、そういった非凡な物語要素のひとつ、「逆説」を出力させることを試みます。[※2]
- ※1
- LLMの出力は、(乱数による撹乱はあるものの、基本的には)分布仮説に則ってもっともありそうな単語をつなげていくだけですーーなのでどうしても「当たり前」の結果しか引き出せません(だからこそ、すくなくとも文法や文脈に沿った回答という点では、驚くほどの(だれも予想しなかったほどの)性能をみせるわけですが)。
- ※2
- もちろん、たんに事実と逆のことを言うだけでは、ただの天邪鬼ですーー逆説が成り立つためには、そこにもっともらしい理由づけ(しかも直観で「なるほど」と分かるもの)が必要になります。
準備:逆説(「狂人」と「理性」)
たとえば「狂人」を「理性」という言葉で定義すると?と問われたら、ふつうは次のように答えるのではないでしょうか:
狂人とは、理性を失った人のことだ。
しかし次のような回答があったら、これはこれで妙に納得がいったりします:[※1][※2]
狂人とは、理性を失った人のことではない。狂人とは、理性以外のすべてを失った人のことだ。
The madman is not the man who has lost his reason. The madman is the man who has lost everything except his reason.
物語を語る場合、こういった「凡庸のなかの非凡」が、効果を発揮することもありそうです。
- ※1
- これはチェスタトンが「正統とはなにか」で記した文言ですがーー日本ではかなり知られた逆説ですね:
- ・
- https://www.goodreads.com/quotes/5299229-imagination-does-not-breed-insanity-exactly-what-does-breed-insanity
- ・
- https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393416136.html
- ※2
- じっさいグーグルで日本語の「狂人 理性 」を検索すると、この逆説がトップページを独占するほどですし(なのでChatGPT との日本語での対話では、それが反映されてないかとすこし期待してたんですが)ーーなおウィキペディア日本語版の編者も、チェスタトンの項にこの逆説を載せていますが、英語版は人物の方でも書籍(「Orthodoxy 」)の方でも触れていませんーーチェスタトンはキリスト教とはいえカトリックに改宗したので、(後述の理由で)英国国教会やプロテスタントが強い英米では、この文言はあまり人気がないのかもしれません。その点日本人は、宗教がらみではそこそこ寛容ですしね(とはいえこの時代の人種に対する見方などには、やはり時代を感じますけど)。
指示:逆説(「狂人」と「理性」):大規模言語モデル(ChatGPT 4 )
まずはじっさいに、大規模言語モデル(ChatGPT 4 )に、その「狂人」について聞いてみましょう:
狂人を「理性」という言葉を使って、20字以内で定義する。狂人とは
「理性の制御を失い、非合理的行動を行う人」です。
とてもまっとうな答えですーー凡庸の極みともいえます。
それではこれに対して、逆のことを言わせてみます:
狂人を「理性」という言葉を使って、20字以内で定義する。ただしここでは、ほんらいの答えとは逆のことを言う。狂人とは
「理性の秩序を全く無視する存在」と定義します。
たんに「逆のこと」では、うまくいきませんね……端的に「逆説」という言葉で誘導してみましょう:
狂人を「理性」という言葉を使って、20字以内で定義する。ただしここでは、ほんらいの答えの逆説を言う。狂人とは
「完全な理性から逸脱した存在」と言えます。
う〜ん……「ほんらいの答え」に対する「逆説」の意味が、うまくつながらないようです。
しかたがないので、正攻法のプロンプト(ワンショット)で誘導してみます:
「人は死ぬ」という言葉の逆説は、「人は死なない」である。すると「狂人とは理性を失った人」という言葉の逆説を、20字以内で言うと
「狂人は最も理性的な人」
とりあえず、望みの答えが返ってきましたーーそれではこの逆説を、言語モデルに説明させてみましょう:
なぜ「狂人は最も理性的な人」なのかというと
逆説は、一見矛盾するような命題を提示することで、深い洞察や新たな視点を提供します。この場合、「狂人とは理性を失った人」という一般的な見解に対し、「狂人は最も理性的な人」という逆説は、次のような意味合いを含む可能性があります: 理性を超越した視点:狂人が常識的な枠組みや既存の理性から自由であるため、彼らは新たな視点やアイデアを提供することができる。これは、一定の規範から外れることで生じる創造性の一種とも言えます。 理性への批判:"理性的"な行動や思考が、常に最善の結果をもたらすわけではないという疑問を提起します。社会の「理性」は、しばしば権力や偏見によって形成されます。これに対し、狂人が示す非理性は、実はより真実に近い可能性があるという批判を含んでいます。 理性の再定義:狂人が理性を失ったと見なされるのは、社会が彼らの行動を理解できないからです。しかし、それは彼らが異なる種類の「理性」を持っているとも解釈できます。この観点から見ると、「狂人は最も理性的な人」という言葉は、我々の理性の概念を再考するきっかけを提供します。 これらの視点はすべて、主流の理解に対する反論として機能し、逆説的な洞察を提供します。
かなり示唆に富む答えが返ってきましたーーとはいえ「常識的な枠組みから自由である」や「社会の理性は権力や偏見によって形成される」など、むしろ「狂人」が肯定的な意味合いになってしまってますが。[※1]
- ※1
- このオリジナルの逆説に対する素直な印象は、「理性」と「感情」の対比、でしょうか(理性を揶揄し、感情を肯定する)ーーなおチェスタトン自身は、この文言を唯物主義と神秘主義の対比に使っていますーー狂人=唯物主義者、詩人=神秘主義者、ですねーー科学と宗教の対立ともいえるでしょうけど、キリスト教(カトリック)に改宗したこの作家にとって、すべてを論理で説明しつくそうとする姿勢はとても硬直したものにみえたはずですーー自分はまったく逆の考えをもっているのですが、「正統とはなにか」をこんなふうに物語として語られると、むしろ共感してしまうので不思議です。
結論:逆説
すくなくとも、具体的な事例で逆説を言わせ、それを説明させるようにすると、物語を考えるときのヒントにはなるかもしれません。
会話:逆説(「狂人」と「理性」):大規模言語モデル(ChatGPT 4 )
次いでこの逆説を、物語の登場人物のやり取りに組み込んでみようと思いますーー登場人物に逆説を言わせますが、その逆説こそもっともだと、直観で分かるような対話を目指します:
前提:「人は死ぬ」という言葉の逆説は、「人は死なない」。 背景:これは兄と妹の会話。妹は丁寧語を使わない。妹はひとことだけ、逆説を答える。 兄:「狂人を「理性」って言葉で定義してみて」 妹:
「狂人は"非理性"よ。」
いや……否定すべきところはそっちじゃないんだけどーーいきなりつまずいてしまいました……大規模言語モデルの正論というか凡庸さへの執着は、かなり手強い感じですーーどうすればこういう場合の、一般性のあるプロンプトを作れるんでしょうね。[※1]
- ※1
- とはいえ大規模言語モデルが、なんの工夫もないプロンプトから洒落た文言を出力したら、それなりの出典があると考えるべきでしょうし(出典があるのにそれを示さない/示せないとすれば、致命的な問題のはずです)。